大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(ネ)1596号 判決 1999年3月30日

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 吉永満夫

同 森本宏一郎

被控訴人(被告) 伊豆太陽農業協同組合

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 立石勝廣

同 大澤恒夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三四九七万二三二八円及びこれに対する平成六年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人との間で締結された第三者名義による四〇〇〇万円の定期預金について、預金者であるとする控訴人がその支払い(四〇〇〇万円から後記B名義の普通預金(口座番号<省略>)五〇二万七六七二円相当額を控除した三四九七万二三二八円)を求めるのに対し、被控訴人は、右預金者は控訴人の元夫のB(以下「B」という。)であり、すでに支払い済みであるなどとしてこれを争うものである。

二  争いのない事実等(証拠により認定した事実は、認定事実の末尾に当該証拠を摘示した。)

1  控訴人とB(以下「B」という。)は、昭和四三年、婚姻の届出をした夫婦であるが、平成六年一二月八日、協議離婚した(甲七、乙九)。

2  控訴人とBは、平成四年一二月一日、被控訴人中部支所(以下、便宜上「中部支店」という。)を訪れ、当時の被控訴人理事長C及び中部支店長D(以下「D」という。)と面談の上、右理事長の息子E(以下「E」という。)の名義を借用して、同人を預金名義人として期間二年とする四〇〇〇万円の定期預金(以下「本件定期預金」という。)を預入れた。その際、市販の「E」の印鑑(以下「旧届出印」という。)が届出印とされ、E名義の共通印鑑届(乙一号証)が作成されたが、右書面の「勤務先またはご職業」欄に、「定期満期分はB様に連絡する事」との鉛筆書きによる記載がされている(乙一)。

3  Bは、本件定期預金を担保にして、平成五年二月一二日に一〇〇〇万円、同年五月二〇日に五〇〇万円を被控訴人から借入れた。

4  控訴人とBは、平成五年七月七日、被控訴人に対して、宅地購入資金借入を申込んで二五〇〇万円を借り入れた(乙三の一ないし五)。

5  平成五年一二月一日、控訴人は、被控訴人に対し、本件定期預金の届出印について改印届けを提出した。

6  平成六年一月、Bは中部支店に赴き、本件定期預金について他人名義では迷惑がかかるので同人名義にしたいと申し出たが、その際、旧届出印しか持参しなかったため、Dは、改印後の印鑑を持参するよう告げたところ、Bから、どんな印鑑だったかと問われたため、同人に対して改印後の印鑑届をコピーして交付した(乙一〇)。

7  平成六年二月二日、Bは本件定期預金の解約を申し入れた。これを受けて、被控訴人は、前記3の貸付金を精算し、その残額のうち約一二〇〇万円を現金で交付し、その余は、新たにBとの間で、B名義で一〇〇〇万円、F名義で五〇〇万円の各定期預金とする処理をした。右手続きのために、Bが持参し、押印した印鑑は、類似してはいるものの前記改印届けにかかる印鑑とは異なるものであった。その後、Bは、右預金を解約し、後者については、同年五月二日、B名義の普通預金(口座番号<省略>、以下「B名義の普通預金」という。)とした。控訴人は、本件定期預金が解約されたことを知り、Bとの離婚を決意するに至り、同年六月一〇日、Bに対する離婚慰謝料を被保全権利として、Bの右普通預金五〇二万七六七二円の仮差押を求める保全処分を静岡地方裁判所下田支部に申請し、その旨の決定を得た(以上本項につき乙七ないし一〇、原審証人D、同B)。

8  その後、控訴人とBは離婚をめぐる交渉を行い、一応の合意が成立したことから、平成七年一月一三日、控訴人は右仮差押命令の申立を取り下げ、同年三月ころ、離婚及び財産分与に関する合意をし、合意書(乙九号証)を作成した(以下「本件和解」という。なお、右合意書は控訴人が依頼した弁護士が案文を用意したものである。)。右合意の内容は、Bは控訴人に対し、前記4の融資により共有名義で取得した土地(下田市<省略>の土地、以下「本件土地」という。)のBの持分その他B名義の土地建物を財産分与として取得させ、控訴人はBに対し、前記B名義の普通預金を取得させることなどを合意し、控訴人とBは、合意書の各条項に定めるもののほかには債権債務がないことを確認するというものである(乙八、九及び弁論の全趣旨)。

三  争点

本件の主たる争点は、1本件定期預金の預金者は誰か(控訴人か、Bか、右両名か)、2預金者が控訴人または両名である場合に、Bに対する本件定期預金の払い戻しは有効か(弁済として有効か、債権の準占有者に対する弁済となるか)、3被控訴人主張の追認等の主張の当否である。

右争点に関する双方の主張は、以下のとおりである。

(控訴人の主張)

1 本件定期預金の預金者は控訴人である。

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、平成四年一二月一日、四〇〇〇万円をE名義で期間二年の定期預金として預け入れた。

(二) 右定期預金の経緯等

(1) 控訴人は、かねてから土地を購入し自分の店を持ちたいと考えていたことから、被控訴人に四〇〇〇万円の定期預金をすれば、それを担保に土地の購入資金を借りられると考えて、本件定期預金をすることにした。

そこで、控訴人は、平成四年一二月一日、夫であるBと共に被控訴人中部支店を訪れた。Bを同伴したのは、Bの方が控訴人より世間慣れしているためである。

控訴人は、控訴人の経営するクラブ(飲食店)の売上げ等から蓄えた中部銀行の預金(他人名義で預金していた。)を解約して集めた四〇〇〇万円を定期預金にすることにしたが、被控訴人C理事長の勧めで、同人の息子名義で預金したのである。なお、控訴人は、預金手続終了後、Dから右印鑑を受け取ったが、預金証書の交付は受けなかった。

(2) 右のとおり、本件定期預金は控訴人の固有の金銭を預金したものであり、右金員について控訴人はC理事長に、右金員はBに内緒で中部銀行下田支店に架空名義で預金しているものである旨告げているし、旧届出印も控訴人が交付を受け、保管しているものである。

(3) また、前記のとおり、控訴人は平成五年一二月一日改印届けをしているが、その際にも、Dを呼び出し、「主人には内緒よ」と念を押して改印し、改印後の印鑑も控訴人が保管している。

2 仮に、本件定期預金の預金者が、控訴人とBであるとされるとしても、それは可分債権であるから、うち二〇〇〇万円は控訴人に支払われなければならない。

3 被控訴人の準占有者に対する弁済の主張について

(一) 被控訴人が本件定期預金の預金者をBと誤信したとしても、以下のとおり過失がある。

(1) Bは、本件定期預金の改印届けが出されていることを知らないで、「旧届出印」(これもBの偽造印である)を持参して、預金の引出等に被控訴人を訪れている。Dは、まずこの点でBに疑いを持つべきであった。

(2) 右の際、Dが「奥さんから新しい印鑑をもらってきてください」と述べたのに対し、Bから「どのような印鑑だったでしょう」と尋ねられるや、改印後の届出印のコピーを交付した。改印届けの事実を知らない者に、改印された印鑑のコピーを交付することは重大な過誤である。Bは、彫金職人であり、右コピーに基づき印鑑を偽造したものである。

(3) 本件では簡単な比較照合で一見して同じ印影でないことが判明するのに、被控訴人はこれを怠って印鑑の相違に気づかずBの払戻請求に応じてしまったものである。

4 被控訴人の追認等の主張について

(一) 控訴人はBとの離婚手続をG弁護士に依頼し、B名義の不動産に対する仮処分や前記B名義の普通預金に対する仮差し押さえ手続をしていたところ、平成六年一二月初め、Bから控訴人に対し、突然、和解の申し出があり、①両者は協議離婚の届出をする、②B名義の不動産は財産分与として控訴人に対し所有権移転登記手続をする、③控訴人はBに生活費として三〇〇万円を交付することで合意し、同月一二日、協議離婚の届出をし、本件土地を含む不動産については控訴人に対する所有権移転登記手続をし、Bに対し三〇〇万円を交付した。右合意は突然の申し出であったので、G弁護士は関与しなかった。

(二) その後、控訴人はG弁護士に不動産の仮処分の取下手続を依頼したところ、控訴人の指示が不正確であったため、Bの普通預金に対する仮差押さえについても取り下げがなされてしまった。

(三) ところが、Bが控訴人の自宅に押し入ったことから、紛争が再発し、控訴人はG弁護士に相談しながら対応したが、Bと早く手を切ることを優先し、本件和解を成立させ、Bが右預金を引き出すことに同意したものである。

(四) したがって、控訴人がBが右預金を引き出すことを同意したからといって、本件定期預金がBの預金となるものではない。

(被控訴人の主張)

1 本件定期預金の預金者はBである。

(一) 本件定期預金は、Bと控訴人が共に被控訴人中部支店を訪れて、E名義で預金したものであるが、その際、Dは、B及び控訴人に対し、実質の預金者がBであることを確認した。そこで、Dは事務員に命じて共通印鑑届(乙一号証)に「定期満期分はB様へ連絡する事」と記載させたのである。なお、届出印及び預金証書はその場でBに交付されている。

(二) 本件定期預金の原資について

控訴人の行ってきた事業にはBも関与してきたのであり、両者が夫婦であり、協議離婚に際して本件定期預金を原資とするB名義の普通預金を財産分与により精算したことからしても、夫婦共有財産であったことは明らかである。

(三) その後Bは、前記争いのない事実等に記載のとおり、旧届出印及び預金証書を持参して本件定期預金を担保に借入をし、また控訴人もBと連名で住宅ローンを借り受け、本件土地を購入している。

(四) 以上のとおり、被控訴人はBを預金者として本件定期預金を受け入れ、Bを預金者として以後の処理をしており、控訴人もBを預金者とする取り扱いに異議を述べてこなかったのである。

よって、本件定期預金の預金者はBである。

2 仮に、本件定期預金の預金者がB単独でないとしても、本件定期預金は、夫婦であるBと控訴人とが被控訴人の事業所を訪れて預金したものであるから、両名の不可分債権の預金として成立したものである。

したがって、Bに対する支払いは有効な弁済である。

3 (債権の準占有者に対する弁済)

被控訴人は、前記1のとおりの預金の経過等から本件定期預金の預金者はBであると信じており、そう信ずることに正当の理由があった。そして、B自身が被控訴人の窓口に来訪し、届出印と同一のものと見えるのも無理はない印鑑を持参して、本件定期預金の払戻を請求したため、同人に払い出しをしたものである。

したがって、右払い出しは債権の準占有者に対する弁済として有効である。

4 控訴人は、本件定期預金がBによって引き出されたことを知りながら、これを含めた紛議を解決するために、本件定期預金の残である前記B名義の普通預金をBに取得させる本件和解をし、右普通預金についてBに支払って欲しい旨被控訴人に指示したものであるから、控訴人は、Bの本件定期預金の本件引出行為を追認したものである。

第三争点に対する判断

一  前記当事者間に争いのない事実等の事実に証拠(甲二、七、乙一、二、九、一〇、原審証人D、同B、当審証人C、原審における控訴人本人(一回))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  控訴人は、賃借店舗でクラブを営業していたが、自分の店を持ちたいと考え、被控訴人に預金してこれを担保に土地の購入資金の融資を受けようと考えて、平成四年一二月一日、夫であったBと共に中部支店を訪れ、支店長室で、理事長のC、支店長のDらと面談した。

本件定期預金をする際に、控訴人は他人名義での預金を希望したたため、C理事長は同人の息子の名義を提供し、四〇〇〇万円はE名義で定期預金(本件定期預金)された。預金名義人がEであったことから、Dは控訴人及びBが同席する場所で、連絡先をBにすることの確認を得て、事務員に指示して、共通印鑑届の「勤務先またはご職業」欄に、「定期満期分はB様に連絡する事」との記載をさせた。右届出印は市販のいわゆる三文判を利用したものであるが、右印鑑と通帳はBまたは控訴人に交付された(なお、右印鑑は当日購入したものと認められるところ、その外周の一部が欠損しているが、これについて控訴人は、Bがその場で印鑑の両側を欠いたのではないかとの問いに対し、「知らない。受け取ったときは既にかけていた。」旨供述(原審)している。)。また、右預金手続の際には、本件定期預金が誰のものであるかについて話し合われたことはなかった。

2  Bは、本件定期預金を担保にして前記争いのない事実等3のとおり平成五年二月と五月に被控訴人から金員を借り受けたほか、同年六月八日、本件定期預金を担保に二五〇〇万円を借り受けた。控訴人及びBは、右融資金により本件土地を買い受け、同月一〇日、同月八日売買を原因として、控訴人及びBの持分各二分の一とする所有権移転登記をした。

右借受金は、本件土地購入のための繋ぎ資金であり、控訴人及びBは、同年七月一九日に、両名が債務者となって被控訴人からホームローン二五〇〇万円を借り入れた際に返済された。

3  Bは、平成六年二月二日、中部支店を訪れ、本件定期預金の解約を請求した。その際、Bが持参した印鑑は、控訴人が届け出た改印後の印鑑とは同一でなかったが、Bが預金者であると認識していた被控訴人(Dら)は、一見すると届出印と同じように見えたことから、印鑑の相違に気づかず、右解約に応じて払い戻した。もっとも、その際には、解約金の一部は前記争いのない事実等3記載の貸付金の返済に当てられ、残余のうち一〇〇〇万円はB名義の、五〇〇万円はF名義の定期預金とされ、Bに交付された現金は約一二〇〇万円であった。

4  Bが本件定期預金を解約したことを知った控訴人は、それまでも必ずしも円満でなかったBとの離婚を決意し、G弁護士に依頼して、離婚に伴う慰謝料請求権を被保全権利として、B名義の不動産に対する仮処分や、前記F名義の定期預金を解約して新たに預け入れたB名義の普通預金を仮差押えするなどしていたが、平成六年一二月に協議離婚の届出をし、最終的には同年三月ころ、財産分与として、B名義の不動産は控訴人が取得し、右普通預金はBが取得することなどを内容とする本件和解を成立させた。右和解に基づき、本件土地のBの持分二分の一は贈与を原因として控訴人に所有権移転登記された。

控訴人は、本件定期預金をした際届出印の交付は受けたが、預金証書の交付は受けていない旨供述(原審)するが、通常定期預金が成立すれば預金証書は預金者に交付されるものであり、特に本件では他人名義の預金証書であるからなおさらのこと、本件定期預金成立の直後にこれを担保に土地購入資金を借り入れることが予定されているなど被控訴人において預金証書を交付しないでそのまま預っておく必要性があるなどの特段の事情のない限り預金証書は真実の預金者側に交付されるのが自然であると考えられるところ、右特段の事情を窺わせる証拠はないし(控訴人らが被控訴人から本件定期預金を担保に土地購入資金の繋ぎ融資を受けたのは平成五年六月のことである。)、また被控訴人において預金証書は被控訴人が保管する旨を控訴人らに告げたことを窺わせる証拠もないことからすれば、控訴人らにおいて届出印鑑のみを受け取って預金証書を受け取らなかったとは考えがたいことである。そして、乙五号証の一によれば、Bは、平成五年二月に本件定期預金を担保に一〇〇〇万円を借り入れた際に、本件定期預金証書を被控訴人に差し入れていることが認められる。これらの事情に照らしてみると、控訴人の右供述は採用することができない。そうすると、本件定期預金証書は、平成四年一二月一日に、控訴人側に交付されたものであり、Bはこれを持参して被控訴人に対して前記借入申込みをしたものと認めるのが相当である。また、控訴人は、本件土地の売買について同土地が共有名義に登記されたことは知らなかった旨供述(原審)するが、前記土地購入のためのホームローンはBと控訴人が連名で借入れ申込みをし、購入土地(本件土地)を担保提供していること(乙三の一ないし五)に照らしても、右供述は採用することができない。

二  前記当事者間に争いのない事実等及び右一の認定事実並びに証拠(原審証人B、同D及び当審証人C)によれば、本件定期預金は、夫婦であるBと控訴人が共に被控訴人を訪れ、相談の結果、他人名義で預金することにしたが、その際の連絡先はBとすることになったものであり、被控訴人は本件定期預金の預金者をBとして受け入れ、同人を預金者として処理してきたものであることは明らかであり、その間控訴人において被控訴人の右取り扱いに異議を述べたことや、預金者が控訴人であることを被控訴人に主張したことを認めるに足りる証拠はない。

以上検討してきたところによれば、本件定期預金はBと被控訴人との間で締結されたものであり、預金者はBであったと認めるのが相当であって、控訴人が預金者であると認めることはできない。

控訴人は、Bによる本件定期預金の引出等を防ぐために改印届けをした旨供述するが、そうであれば端的に預金名義人を控訴人に変更することもできたと思われるのに(控訴人は、本件定期預金を他人名義にしたのは被控訴人の勧めによる旨供述(原審)しているのであるから、控訴人にとって他人名義にしておく必要性はなかったといえるし、本件土地購入資金の繋ぎ融資の際には本件定期預金が担保とされているがこれは返済され、本件土地購入後は購入土地が担保提供されているものである(甲二、乙三の一ないし五)から、既に本件定期預金を担保として土地購入資金の融資を受けるとの目的は一応達していたといえる。)、これを改印届けをするにとどめているのであって、右改印届けがなされたことから、本件定期預金の預金者が控訴人であったと推認することはできない。また、Bは控訴人が届出印を改印したことを知らされた後も、控訴人から改印後の印鑑を受け取ることなく、これとは別個の印鑑を使用して本件定期預金を解約しているのであるが、本件定期預金の預金者がBであるとしても、Bも本件定期預金は実質的には両者の共有財産と認識していたことから(原審証人B。なお、本件定期預金は夫婦共有財産であると推認できることは後記のとおりである。)、必ずしも夫婦仲が円満でなかったBにおいて控訴人に秘して本件定期預金を解約するために類似印鑑を使用したものと推認することができるから、Bが届出印を使用しないで本件定期預金を解約したことから、本件定期預金の預金者が控訴人であると推認することもできない。

次に、控訴人は、本件定期預金の原資は控訴人の個人的資金であるから、本件定期預金の預金者は控訴人である旨主張する。なるほど、証拠(甲三ないし八(枝番を含む)、原審証人H、原審における控訴人本人)によれば、本件定期預金の原資となった金員は、控訴人が中部銀行下田支店に他人名義でしていた預金を解約したものであること、右預金は控訴人が営業名義人となって経営していたクラブの売り上げ金によって蓄積されたものであることが窺われるところである。しかしながら、仮に控訴人がBとともに自己の金員を持参したものであったとしても、その金員をBを預金者として預金したものとすれば、その預金について控訴人とBとの間でその帰属が問題となり得るとしても、預け入れ先の金融機関との関係では預金者がBであることは当然であり、そのことは本件のように第三者名義で預金された場合であっても異ならないというべきであるが、更に、証拠(甲一七、乙一一の一・二)によれば、Bと控訴人は夫婦であり、右営業にはBも関与しており、控訴人の所得税申告の関係でもBは事業専従者控除の対象となっていること、及び前記認定のとおりBは本件定期預金を担保に借入れた金銭で本件土地を購入したが、購入にかかる本件土地は両者の共有とされていること、両者は離婚するに際して、本件定期預金を原資とするB名義の普通預金はBが取得するものとするなどの財産分与を合意していること等が認められるのであり、これらの事実に照らせば、本件原資とされた中部銀行下田支店の預金も、控訴人の単独で得た収入によるものであったとは断定しがたく、むしろ実質的には夫婦共有財産であったと推認するのが自然であり合理的であるというべきである。したがって控訴人の右主張も採用することはできない。

三  以上によれば、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 長秀之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例